Obento Communication
コミュニケーションツールとしての食の役割には以前から興味があったけれど、なるほど。 確かに、お弁当が身近でわかりやすい例かもしれない。 そう感じたのは、東京都美術館で開催中の「おべんとう展」。 「愛情のこもった料理」なんて言うと、ちょっと胡散臭い? でも考えてみると、お弁当を作るひとは、食べるひとの好きなものとか、見た目の彩りとか、きっと食べるひとに喜んでもらうためにけっこう考えている。 そういう意味で愛情というか、心がこもっているんだと思います。 あと、お弁当の中身をみると、そのひとの性格や生活がなんとなくわかる。 「そのおかず、いつも入ってるよな」っていう、シグネチャー・おかずみたいなものがあったりね(笑) 大学生になって親元を離れたり、社会人になったりすると、忙しくなって食生活がおざなりになりがち。ついコンビニで買ったパンやおにぎりだけで済ませてしまうことや、学食に頼ってしまうことも増えるかもしれない。 そういった選択を100%否定するつもりがあるわけでもないけど、「食べる」ことが単に空腹を満たすための行為になってしまうのはもったいないなぁ。本来食べ物というのは、自然の実りを大切にして、食べるひと(それが自分自身の場合もあるけど)のことを考えながらていねいに作られる。そうしてできあがったものを食べるとき、自然やひとのあたたかみにふれる。そんな感じなんちゃうかな? お腹が減ってコンビニに駆け込むと、きれいに包装された、同じ見た目の食品が店の棚に陳列されている。そこから無造作にいくつかの商品を掴み取って、お金を支払って、なんとなく食べる。あぁ、お腹減ってたからつい欲張っちゃったけど、こんなに食べられないわ。といって、食べ残しを捨てる。 そんなの、なんか人間らしくない...。 「人間らしさ」の定義ははっきりと言えないけど、お弁当にはおかずだけじゃなくて、人間らしさも詰められている気がするなぁ。 なにも立派な弁当箱を用意しなきゃいけないとか、凝ったおかずを作らなきゃいけないとかって難しく考えなくても、ちょうどいいサイズのタッパーに簡単に調理した野菜を詰め込むだけでもじゅうぶん!好きな具材を真ん中に包んだおにぎりもにぎっちゃおう。 そんな、お弁当からはじめる「豊かなお昼ごはん計画」なんていかがでしょう? 「突然お弁...